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パースエクスプレスVol.161 2011年6月号

●「これからも二人三脚で旅を続ける」 水島ご夫妻の5大陸制覇の軌跡
旅へのきっかけは、“好奇心”と“世界中の子どもたちに会いたい”という想いからだった。治さんが幼少の頃、父親から「世界には、恐竜が住む島や原猿の島、バイキングの里がある」と聞かされていた。「本当にそのような所があるのか、“自分”の目で見てみたい。行ってみたい」との好奇心は一時も頭から消えることはなかった。そして、世界の子どもや若者のことをもっと知りたいという想いは、その好奇心に拍車をかけた。勤めを終え、冒険の友、バイクと最初の旅へ出たのは61歳の2002年6月26日だった。そして、アフリカ大陸縦走の終点、ギザのピラミッドへ2007年7月25日に到着し、5大陸制覇を果たした、現在パース在住の水島ご夫妻の軌跡を紹介します。
水島 治さん
水島 安子さん
(みずしま おさむ)
(みずしま やすこ)

共に69歳

<ユーラシア大陸>
“チャレンジ”“発見”“感動”を胸に、旅のスタートは、富山湾沿岸にある伏木港からだった。そして、フェリーでロシアのウラジオストックへ。
ユーラシア大陸とオーストラリア大陸は、治さんの単独行だった。バイクが冒険の友となったのは、自身が発足させた“日本二輪車協会”でのエピソードに起因している。

当初は慣れない運転に苦戦するが、思わぬ“敵”にも頭を痛めた。それは、ロシアでの警察と各所検問だった。理由も無く捕まり、24時間も拘束されたことも。
子どもたちとの出会いは、旅の目的の1つ。世界中の子どもたちの笑顔で、多くの元気をもらった。

ウラル山脈を越え、ヨーロッパに入り、フランスからスペインの大陸最西端に到着。最初の旅を終えた時の感想を「自分ながらよくやったと思う半面、旅をさせてもらっているという感謝の気持ちを持つということが必要だと反省した」と語る治さん。写真は、旅で知り合った友人との握手。


<オーストラリア大陸>
パースに拠点を置き、次はオーストラリア大陸の旅へと準備を進めていたが、アクシデントに見舞われる。試走で足首を複雑骨折し、治療とリハビリで出発が延期となった。医者からは、2年はバイクに乗ってはいけないと言われていたが、7ヶ月後にはスタートをしていた。
安子さんから飯ごうの炊き方は教わっていた。しかし、アウトバックでのキャンプは普段と勝手が違う。10個ほど持たされたおにぎりを少しずつ、大事に食べた。

ユーラシア大陸横断の時も、日本語のみで走覇。5大陸で200言語以上に触れた。アボリジニの人々との出会いでもコミュニケーションに支障はなかったが、オーストラリアで彼らが置かれている立場について考えさせられた。
気温40度以上が続く日々での走行は、一歩間違えると生死に関わる。8割以上が未舗装の道なき道をひたすら進む。そして、今回の走覇で知ったことは、“自分の力の限界”だった。