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フォトジャーナリスト宇田有三氏による衝撃ルポ

On The Road by.Yuzo Uda

Vol.212/2015/09


記憶と記録の交差点(6)—<Room 411>に暮らして(3・上)



(続き)どうしても取材話に苦労話や失敗などの逸話は事欠きません。その一つにこんなことがありました。

 

 ミャンマー(ビルマ)最大の都市ヤンゴン市内の観光は、一週間もあれば十分。それゆえ、私が長期逗留していたDHゲストハウスでも、宿泊する外国人の出入は激しかった。そのゲストハウスに長期滞在していたのは、私の他にもう一人、怪しい外国人だけだった。あるとき気がつくと、ゲストハウスで働いていた従業員はほとんど入れ替わり、私の知った顔は女性マネージャーとキッチンで働く女性モーモーだけになっていた。私はホテルの従業員の誰よりも最古参となっていた。

 新しくフロントで働き始めたのティンティンとカインゲーの2人は、最初の数ヶ月はそれこそ私に、外国人向けの「ビルマ人女性の顔」をしていた。だが、毎日顔をあわせるうちに、次第に馴れ馴れしくなっていった。

 2人揃って、いつも口にするの愚痴は決まっていた。 

 「給料が安い。機会があれば転職したい」

 また、これは洋の東西を問わず若い人の悩みかも知れないが、そのうち私に、異性関係の悩みを打ち明けるまでになった。

 「ボーイフレンドとの仲が上手くいかない。ビルマ人の男性は優しいが、嫉妬深すぎる」

 

On The Road by Yuzo Uda
軍政時代の日曜日、公園に行くと、雨も降っていないのに傘の花が咲き、その下では若い男女が抱き合っていた。

 台所と食堂を切り盛りするキッチン係のモーモーは、22歳になったばかりだ。目がぱっちりして愛くるしい。彼女は、ほとんど毎日入れ代わる宿泊客の食事の世話を器用にこなす、とても機転が利きく女性である。

 「大学に行きたいけれど、私の家は貧しいから、今は働くしかない。今度、時間のある時に、日本語を教えて頂戴ね」

 彼女は、男性の従業員がすぐに仕事をさぼろうとしているのに比べ、いつも笑顔を絶やさず、何事もてきぱきと片付ける勤勉な性格である。実は、ゲストハウスで働き始めた当初、モーモーはフロントで働いていた。だが、仕事ができる上に人当たりがよく、一度ならずも宿泊している男性客から言い寄られたことがある。そのため、女性マネージャーの妬みを招き、宿泊客との接触が少ない台所へと追いやられてしまったのだ。働きながら、週に一度、学校通いを続けている。食堂にお客さんがいないときは、空いたテーブルに本やノートを広げて、いつも勉強している。とても流ちょうな英語を話す。

 ある日のこと、朝食の席で、私がモーモーと親しげに話をしていると、偶然ゲストハウスに泊まった日本人の男性旅行者が、こそっと私に日本語で囁いた。

 「あの可愛い女の子、紹介してくださいよ」

宿泊者の、またか、というお願いだ。まあ、ダメだと思うけど、と彼に言いながら、彼女に一応聞いてみる。

 「ボーイフレンドはできた?実はこの人が、あなたに興味があるって」

 「そんな話を口に出さないで。恥ずかしいわ!」

 毎度ながら、モーモーは異性のことを訪ねられると、顔を真っ赤にする。私は、それをまたからかうのだ。

 「いつもそれだからなあ。恥ずかしがっていちゃあなあ、ボーイフレンドもできないよ」

 ティンティンとカインゲーの2人は、29歳の同い年である。ぽっちゃり顔のティンティンは先日、大学の獣医学科を卒業したばかり。

 「動物を相手にするのが得意なんだ。それじゃあ、このゲストハウスで働くのはぴったりだね。なにせここの受付で、外国人を相手に仕事をししてるんだから」

 そう言っても、きょとんとしている。なかなか冗談の通じない生真面目な性格である。もう一人のカインゲーは、向上心の強いしっかり者である。いつも積極的に私に話しかける。

 「女性はね、ちゃんと職業を持って自立しないとね。仕事をすることで社会の中で自己実現を目指すことも大切なんですから」

 ティンティンもカインゲーも、何かある度に、私に仕事の相談を持ちかけてくる。仕事が終わって、ゲストハウスの外で話がしたいと2人から呼び出されたこともある。また、この2人は、雑誌の表紙に登場しても申し分のないくらいの、くっきりした目鼻立ちの容姿である。