「身近な、他人事の戦争」

 フロアに座り込み、テレビに見入っていた学生が顔をゆがめた。片手で顔を覆い、深く考え込んでいる様子だった。涙が頬を伝う。
 彼女の背後に立っていた別の学生は、手で口を押さえ、声が洩れないようにしている。うつろな目は画面を見ているのかどうか、私にはよく分からない。いずれにしろ2人とも、沈鬱な表情だ。私が在籍していた写真学校の2階、写真機材貸し出し所の前に設置されたテレビには、イラクの首都・バクダッドの夜空が映し出されていた。テレビ放送に釘付けになっている学生が数人。放送の内容に足を止めて、ちらっと画面を見て立ち去る者、また、そのテレビ放送には全く無関心の学生もいた。
 1991年1月15日、米国を主導とする国連多国籍軍は、バクダットへの爆撃を開始した。テレビはその様子を映し出していた。

高感度カメラを使ったその画面は、砂漠の砂嵐を映し出しているかのようだった。荒れた画面上を、蒼白い点滅の閃光が次々と走った。世界で初めて、開戦の世界中継だった。爆撃開始から約10年、幾度となく繰り返し放映されてきた当時の爆撃イメージを今、私が敢えて再確認する必要はないであろう。また、この地域を専門としない私が今、この戦争のもつ意味を解説することはできないし、その知識も技量もあるわけではない。

 


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