「語らぬ証言者」

  夕暮れが近づき、辺りが薄暗くなり始める。車のエンジン音がグオ〜ン、グオ〜ンと響いてきた。ゴミ収集車の後輪が深いぬかるみにはまり、身動きできなくなっている。後輪が泥を跳ね上げている。遠目には巨大な象がうめき声をあげて、苦しんでいるようだ。異様な光景だ。
 昼間見るゴミ捨て場と日暮れのゴミ捨て場の風景にそう変わりはない。しかし、夕方ってのはやっぱりもの悲しい。汗がたえず吹き出す暑さも和らぎ、冷静な頭が戻ってくるからだろうか。子供たちはカメラを下げた私の姿を見ると、「ハロー、ハロー」と明るく声をかけてくれる。大人たちもカメラのレンズを向けられるのをいやがっている様子はない。
 午後6時前、分厚い灰色の雲に覆われた空の隙間のほんの一部がオレンジ色に輝く。今日も一日が終わるんだな、「ふぅ」っという安堵感を得る。しかし、そこで働く人々はまだゴミ収集車の後部にはりつき、うごめいている。収集車から吐き出されるゴミに向かって、我先に駆け出している。

ゴミ山のてっぺん近くでちょっと一休みする。露出計で光の強さを計ってみる。f2.8 で 1/4 秒か。もう撮影は無理だな。カメラをバッグにしまい込み、ゴミ捨て場の様子を眺める。ふと、横を見ると、すぐそばに15歳前後の男の子が弟としゃがみ込んでいた。その二人のところに、5歳くらいだろうか、幼い女の子がご飯の入った容器を運んできた。3人で仲良くご飯を食べ始めた。「名前は」と聞くと、「ケムシェ」、と年長の男の子が答えてくれた。クメール語ができない私は、それ以上の会話は無理だ。3人で仲良く、それこそ肩寄せあってご飯を食べている。私たちのまわりは、それこそ蠅が黒い固まりとなってぶんぶんと飛んでいる。彼ら3人の姿を見ていると、思わず胸が熱くなった。そして哀しくなった。しばらく目を閉じた。でないと、こらえられなくなりそうだった。

 


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