ドロップアウトの達人 Vol. 56
 

 あなたはどうしてオーストラリアに来ようと思ったのだろう。ふと興味がわいて、周りの人間に聞いてみたのだが、意外にしっかりした答えが返って来たのには正直驚いた。最近の若いもんは、なんて言われてるけど、皆案外ちゃんと考えているんだなと思った。以下、僕の周りのワーホリの人達が日本からなぜやって来たのかの声をご紹介させてもらう。

 「日本の街並みが嫌いだから。自動販売機とか電柱とかごちゃごちゃしていて、とにかく広いところに来たかったからかな。」「いつ頃からごちゃごちゃしてると感じるようになりましたか?」「こんなこと言ってもいいのかしら。誤解しないでくださいね。家の近くで痴漢にあったんです。」「痴漢?」「ええ、それも真昼間。それで、どぶねずみ色のレインコートをね、いきなり広げて、これを見ろって言ったんです。」「怖かった?」「もちろん、走って逃げました。まだ、中学生でしたし。家に帰っても両親が共稼ぎだったんで誰もいないし、鍵かけてなんだか訳もなくシャワーを浴びたりしました。」「その変態とはそれっきり?」「分からないんです。どぶねずみ色の洋服を見ると皆あの時のマスクをしていた男に見えちゃうんです。そのうち、何でもない時にもあの時の光景が浮かんでくるようになって…」「なるほどね。それでこっちに来たんですね?」「いいえ、そうじゃないんです。まだその頃は学校に通っていたのでどうすることも出来ませんでした。社会人になって会社に通うようになってから、好きな人も出来て結構立ち直ってたんですけど、通勤の電車でまた痴漢にあってしまってから、何かごみごみしたり、ぐちゃぐちゃしたりしているところが我慢出来なくなってしまったんです。精神的なものだとはわかっていましたが、相談した彼氏に、しょうがないよ日本人なんだから我慢するしかないんだよ、なんて言われてるうちに、もうダメだな、私が出てくしかないんだなと思うようになりました。」「なるほどね。それでこっちに来たんですね?」「いいえ、そうじゃないんです。考えてみれば外国に行ったら独りで住まなくちゃならないですから、まず東京に出て一人で少し暮らしてみることにしたんですけど、やっぱりダメだなって思いました。」「一人暮らしがですか?」「いいえ、そうじゃないんです。ごみごみしてぐちゃぐちゃして、どぶねずみの隠れるところがいっぱいだったからなんです。」「なるほどね。それでこっちに来たんですね。」「いいえ、そうじゃないんです。」「そうですか、こちらに来る前に経験されたことが引き金になって世の中を見るご自分の目が変わってしまったことが大きな理由なんでしょうきっと。他の方が控えてますので、この続きはまた後でお伺いさせてください。」

 「ええと、いいですか?じゃ、まず自分からいきます。自分の場合もさっきの女性の話じゃないですけど、ねずみ色ってイヤですね。ねずみ色のテトラポットとか、護岸工事のコンクリートだとか、自分の好きだった砂浜とか、川や海岸をめちゃめちゃにされちゃいましたからね。特に目の前の海がテトラポットに占領されちゃったんで、昔みたいな砂浜にどうしても会いたくて、こっちに来ようと思いました。水害とか、地震に備えるとか理屈では分かるんですけど、砂浜と違って巨大なテトラポットがうじゃうじゃ並んでいたりすると、ビキニの女の子が歩いているよりもやっぱりその陰からこれを見ろって親父がちんぼこ丸出しにして飛び出てきちゃう気がするんですね。どうして日本人ってそんなに自然の摂理を否定するんですかね?川が流れを変えたり、海岸の砂が移動することがそんなに深刻なんですかね。自分はイヤです。言っちゃ悪いですけど、あんな工事されるまではほんと、きれいな所だったんですよ。海も川も一日座って眺めていても飽きないようないいスポットがいっぱいあったんですよ。」「それで、災害はやってきたのですか?」「ぜんぜん。でも、100年に1回来るかもしれないから備えてるんですって。100年に1回って、36500日のうち1日あるかないかの災害のために、きれいな景色をめちゃくちゃにしてもいいんでしょうか。こっちは毎日それを見て暮さなきゃならないんですよ。」

 「分かるなあ、そういうの。俺の場合はコンビニで立ち読みしすぎたためか、ちんぼこが立たなくなっちゃって。これマジで。そしたらパースにいる友達からたぶんコンビニの蛍光灯が悪いんじゃないかって言われて、それじゃあ、とにかくコンビニから離れようと思ったのがきっかけだもんね。」「立つようになりました?」「うん、自慢じゃないけど着いた日に晩飯食ってたらもう一発だもんね。」「それで?」「それでって、来たばっかしで彼女もいないし、自分で抜くしかないじゃない?あっ、女性がいるの一瞬忘れてた。」「えっ、私なら大丈夫よ。でも、こっちにも蛍光灯あるよね。」「これ、自分の意見ですけど、たぶん明るすぎるんじゃないでしょうか?コンビニに置いてあるやつは。」「余計なこと言うなよな。せっかく俺が話してるんだからよ。」「蛍光灯って言えば、私、ネオンサインとかも結構気になっちゃうんです。パチンコ屋とかの。何かどぎつくってかっこ悪いなって。成田空港の近くにモーテルとかパチンコ屋とか、安売り大魔王とかあるでしょ。電車から見ていて、この景色、出来れば日本に来るよその国の人に見せたくないなって。最初の印象って大事じゃないですか。」「わかるなあ、そういうの。こっちにいると、秩序って言うか見えるものに、ルールを作ってるもんね。メチャ派手なラーメン屋とか焼肉屋の看板見たいのって、滅多に無いもんね。あれ、ぜんぜん関係ないけど、おれ、急にラーメン食いたくなっちゃたな。」「ラーメンかぁ、いいっすねえ。行くんなら、自分もつき合いますよ。」「なんだよ、おまえ難しいこと言ってた割りに案外ポリシー無いんだな。」「ラーメン食っちゃいけないっすか?」「そうじゃなくて、おまえの場合日本がイヤで出てきたんだろ?だったらラーメンなんか食わねえ方が筋通ってる気がするけどな。」「ちょっとどうでもいいけど、ラーメンのことぐらいでそんなに絡むのよしなさいよ。」「ラーメンのことぐらいとは何だよ。おまえなあ、ラーメンを馬鹿にするとひどい目にあうんだぞ。」「自分の場合、一緒に住んでるチャイニーズの子が、そういう食べ物の話に詳しくて、MSGとか、ヘンなもの?ファーストフードとか、食べなくなったんです。こっちに来てから。」
 「ファーストフードの反対でスローフードって言う運動が、結構盛んだってわたしも聞いたことあるわ。」「わかるなあ、そういうの。ああ、なんだかラーメンがぐるぐるまわってるよ。今思いついたんだけど回転ラーメンなんて案外流行るかもしれないな。」

 「それではこの辺で、食事に行く前に、読者の皆さんに一言ずつお願いします。」「こっちに来て、もう8ヶ月が経ってしまいました。なんか、帰ることを考えるとジワーとプレッシャーを感じそうなんですけど、この際、悩むのも日本に帰るまでお預けにしようと思ってます。みなさんもせっかくいい所なんだし最後まで楽しもうよね。」(広岡恵美子さんでした)
 「わかるなあ、そういうの。ほら、あれですよ。寅さん映画の世界でしょ?ワンパターンだとはわかってるけど最後はやっぱり泣けちゃうっていう。」(片桐くんでした)
 「何かそれちょっと違う気がしますけど、自分の場合、もうちょっといたいと思ってるんですね。それで今、一緒に住んでるチャイニーズの女の子が市民権持ってるんで、結構がんばろうかなと思ってます。」(沢井くんでした)

 x月x日 かくして我々4人はラーメン屋へと繰り出した。ちなみに恵美子さんは入り口のネオンを無事通過、片桐は蛍光灯の明かりにもひるまず、ラーメン、ギョウザセットを平らげた。沢井くんの永住権獲得を祈って乾杯ということで、今月はここまで。

PS. 片桐、また飲みに行くんなら連れてってやるよ。

回答ZORRO

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